miyaziyuuki9の玩具箱

主に特撮の事とか

帰ってきたウルトラマン

DVDなどで見返してますがこの帰ってきたウルトラマンがなかなか面白い。

初放送が1971年。この年は公害が社会現象となっていて50年代後半から60年代にかけて起きた高度経済成長期のツケみたいなものが一気にぶり返していた時期です。一年前に大阪万博を開催していたにもかかわらずその先にあったのは重大な社会問題。

当時他にも特撮モノとしてはゴジラスペクトルマン、そして仮面ライダーといった作品も公害といった物を受け止めた上で制作されていましたがそれは宇宙からやって来たウルトラマンにも影響を与えたようです。
帰ってきたウルトラマンは前ニ作の『ウルトラマン』『ウルトラセブン 』が近未来を設定としていたのに反し帰ってきたウルトラマンはまさに放送当時の1971年を舞台としていました。

つまり前ニ作のウルトラが基本的に人類全体の問題を怪獣や侵略者というフィルターで通していたのに対して帰ってきたウルトラマンは人類一人一人の問題、そこから生じるドラマを中心に展開される事になりました。主人公の帰ってきたウルトラマンに変身する郷 秀樹も時に自惚れ、時に悩み、宇宙人のウルトラマンと一体化しているにも関わらずその視点は物語前半から中辺にかけて人間そのもの、前作ウルトラセブンが宇宙人の視点からみたドラマに対して人間個人、人間視点からのドラマになりました。

これは主題歌のフレーズに『君にも見えるウルトラの星』というものがありますがこの『君にも』は人間一人一人から見るウルトラの世界観を意味している物と思います。

そして公害。ヘドロや光化学スモッグといった物は日本人のそれまで共通に、万博等を例えに見えていた未来への憧れを曇らせ現実の問題を当時の日本人全てに見せつける切っ掛けになったと思います。(学生運動等もあると思いますが)

そんな70年代に誕生するヒーローも現実の問題を見据えたモノとして生まれる事を必須としていたかのも知れません。そしてそれは宇宙からやって来たヒーロー、ウルトラマンにもやって来た。

人類共通の未来という物に陰りが生まれたからこそ帰ってきたウルトラマンは未来では無く現実の問題、そしてそれを起こす人間にスポットを当てるようになります。

次は帰ってきたウルトラマンの気になるお話から……